25
裕介はひとり、キャンパスの池のほとりに立っていた。
ほとりの樹々は夏を終え、緑のかがやきもおだやかになっていた。
夕暮れがちかづき、池も深い色に沈もうとしている。
〈細木さんは、方法をまちがえた。
たいせつなものを守るにも、手段を選ぶべきだった。
だけど、もし僕が細木さんの立場だったら――。
自ぶんよりも強い相手に、かけがえのない“たいせつな季節”を奪われそうになったら……〉
そのとき、どんな方法をとればいいのか、どういう手段をとってしまうのか、わからなかった――。
太陽は西の空にさがり、空は眠ろうとしていた。
ちいさな野鳥が音もなく、池のうえをすべるように横ぎっていった。
〈何年さきになるのかわからないけど、細木さんが刑をおえて出てきたとき、僕はいったい何をしてるんだろう?〉
裕介は向こう岸をながめる。こちら側とちがってベンチはなく、手入れもされていない。黄昏のなかでは、生い茂る雑草も見えなかった。
美樹は、いまの精神状態では受験は不可能だとおもわれた。
しかし、彼女は試験を受けた。受験会場まで、重い足とこころをひきずっていった――。
〈美樹はきっと立ちなおる。ことしの試験に不合格になっても、また機会があれば挑戦するだろう〉
裕介は、いつか彼女の夢の扉がひらかれることを願った。
織田万希子は友人から連絡をうけて、急きょ日本へ一時帰国した。美樹をはげまし『いつか、U共和国へ美樹をたずねていくからね』と約束し、アメリカへまい戻った。
裕美は夏休みがあけてすぐに模擬試験があった。わずかだが成績はアップしているらしい。遊んでばかりいるようで、ちゃんと自ぶんの道は切りひらいている。
母は再婚するかもしれない。交際相手の男性は、7年まえに妻を病気で亡くしていた。いちど家へやって来て、裕美とは顔を合わせていた。裕美によると『再婚のパートナーとしては、ベストにちかい』という。
《ガーデン・ハウス》のマスターは、毎日あいかわらず客とのおしゃべりを楽しみながら働いている。
元フリーライターの客は、初めてのサラリーマン生活がスタートした。
《ニュー・アポロ》のオーナーはもう松葉づえをはずし、以前と変わらないようすで店に出ている。
――それぞれが、かけがえのない“自分の”季節を生きていた。
そして裕介も、こころの奥底から、何かが飛び立とうとしていた。
薄闇のなかで、対岸を見つめる。
夕暮れの風が水面をかすめて吹きあがり、ここちよい涼しさを感じさせてくれる。
〈自分を生きるんだ。自分の人生をつくるんだ〉
頬をなでる風は、夏の終わりをつげている。
だが、裕介の“季節”はいま、熱く、なりはじめた――
――― END
|