欠けた季節 7  

     


     7

 テレビの華やかな映像は、かえって裕介の気もちを沈ませた。アイドルグループの女の子たちは、15〜16歳ぐらいだろうか? タンクトップにショートパンツで、飛び跳ねるように踊っている。こころの躍動が、全身からほとばしっていた。うたいおわると、はずんだ息で司会者のインタビューにこたえる。しゃべりながらひたいに手をあて、汗をおさえる。あふれだす笑みは、裕介の手にはとどかない。
 あり余る時間をどう過ごせばいいのか、わからない、虚しさ。何をしていいのかわからないままに、時間が失われていく、焦り。
〈僕の悩みなんて、他人の目からは、とるにたらないのだろうけど……〉
《ガーデン・ハウス》でのトラブルが、胸にわだかまっていた。
 裕介は畳に背をたおし、大の字にのびた。天井が重い圧迫感をもってせまってくる。胸を押さえつけられているように、息ぐるしい。
 美樹の目標にむかって突きすすむ強さ、苦境をものともしない明るさ。
〈もう一度、会ってみたい……〉
 今度は、自ぶんの話をきいてほしかった。
〈美樹さんなら、僕にどうしろと言うだろう?〉
 細木の愛人だという事実は、頭に浮かぶたびにかき消した。彼女が肉体とお金を交換しているとは、認めたくない――。
 美樹の表情・美樹の声・美樹のしぐさ、甘い記憶のひとつひとつを夢みごちになぞっていた。 
 ――電話が鳴った。
〈美樹!?〉
 受話器にとびつき、
「もしもし!」
 想いをなげこんだ。
「細木ですが」
 一瞬にして、気落ちした――。
〈美樹さん、のわけないか〉
 このまえ会ったきりなのだから、おたがいの電話番号さえしらない。あきれた思いこみに、気恥ずかしくなる。
「裕介くん」
「あ、はい」
「どうかしたのかね?」
「いえ、なんでもありません。細木さん、どうなさってるのか心配してたんですよ」
 細木と話すのは、美樹と会ったあとに報告の電話をいれて以来だ。それから、もう2週間をすぎていた。細木の自宅も会社も、電話番号はきいていたが、裕介のほうから理由もなく連絡をとるのは、気がひけた。
「音さたなしで、もうしわけない」
 細木の声のトーンが落ちた。
「だいじょうぶ、なんですか?」
 訊かずにはおれなかった。
「私より、美樹が心配なんだ」
『美樹』と呼びすてにしたのが、細木と彼女の深いまじわりを連想させた。
「すこしでも美樹の夢のたすけになれたらと思っていたのに、かえって足をひっぱるかたちになってしまった」
 二人のつながりの強さを感じて、嫉妬がわきあがる。そんな自ぶんが醜くおもえ、あわててかき消す。
「この歳にもなって、なさけない話でね。いろいろと走りまわってはいるんだが……」
 マスターのことばが胸によみがえる。
『借りたお金をかならず返せるという、なんらかの保証が必要なんだよ。保証のないひとには、だれも貸してくれない』
〈そんなものだろうか? 世のなかって〉
『おそらく、簡単に借りられる手は、もう使いきっているんじゃないかな。その娘との関係だけでなく、自分の生活費やなんかで、もともと借金をかさねていたのではないかと思うんだ。勘だけど、彼にとっては、すでに借りられる限界にちかい借金があるような気がする』
 細木がパチンコ店から蹴りだされたのを思いだす。それほどまでに、お金に困っているんだ。
 借金というものが、裕介には実感としてわからない。お金のあまっている人が、足りない人に貸してあげる。お金の移動という図式しか、頭にえがけなかった。
〈お金。いま自ぶんにあれば、貸してあげるのに〉
 母にたのんでみようかと思ったが、『自分に関係のない、よけいなことに首をつっこむんじゃないよ』と、叱られるのは目にみえている。
〈僕は、いったい何のために生きているんだろう? だれにも、なにもしてあげられない、助けてあげる力がない〉
 役にたたない自ぶんが腹だたしい。
「がんばってください」としか言えなかった。
「ありがとう」
 細木の声はおだやかだが、力がない。
「僕にできることなら、なんでも手つだいますよ」
 細木のためになにかしてあげるのが、美樹のためにもなる気がする。
 ひと呼吸の間をおいて、細木が言う。
「そーっと、美樹のようすをみてきてくれないか?」
 裕介は耳をうたがった。
「今月は手あてをはらっていないので、いちども会ってないんだ。まだ、金のみこみもつかないし」
〈美樹に会える!〉
 うれしくて、細木が続けることばのほとんどは、裕介の耳からこぼれていた。
「彼女がお金にこまっているのが心配だ。電話では、だいじょうぶだと答えてはいるんだが……」
「まかせてください」
 躍るこころをおさえつける。
「たのむよ。私には、信頼できる人間はきみしかいないんだ」
 細木の声がさびしく響いた。



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